1. 熟成発酵のための環境
希少な樹齢200年以上の天然秋田杉(心材、40年自然乾燥)で作った木箱を使用し、微生物が棲みやすい環境の中で紅鮭を熟成させます。プラスチック製容器にはない杉板表面にある無数の孔や吸放湿特性はリアクター(反応容器)としては最適で、利用する麹菌などの微生物は元来杉桶の中で育ったものです。よって、これら微生物もこのような環境においては活性化しやすいと想像されます。尚、天然秋田杉(人口造林でない)は平成25年から伐採が禁止になりました。
2. 杉木箱の作成
杣野工房の家具職人・林栄一氏によるオーダーメイド木箱です。余っていた天然秋田杉で作ってもらいました。(一流の家具職人さんに単純な木箱などとは、ちょっと悪いのですけど。)強固でかつ、鮭から出た水分が木箱の内部に溜まらないよう、サイドから下部に流出するようにもなっています。
熟成用秋田杉木箱作成風景(杣野工房にて)
3. 天然杉の歴史とその利用
3-1. 現生天然杉の伝播と分布
森林植生単位群(抜粋)
河田杰博士(1889-1955)によると、”スギは、屋久島を出て、九州に来らず直ちにモミ、ツガと共に四国に渡り、四国において二つに分れて、一は山陰道及日本海の岸に沿うて北上し、一は和歌山県の南部、静岡県、神奈川県の一部に沿うて太平洋を北上して、金華山辺までに及んでいる。而して、この中日本海岸に沿うて進んだものが、比較的繁栄をして今日の秋田杉をなしたものの様に思わるゝのである。” とある。つまり秋田杉は前者の、3I(屋久島)—>3F(高知県東部・魚梁瀬周辺)—>3A(鳥取県智頭周辺)—>2B(秋田地方)の順で伝播したのではないかという説である。Fig.2は天然杉(人工植栽林でない)の分布をあらわしているが、遠山富太郎著『杉のきた道』(中公新書,1976)によれば、杉林は降水量が多く(年降水量が1800~2000ミリ程度)、土壌あるいは土地が乾きやすい場所を好むらしい。いづれにしても杉の分布は日本海側の「ウラスギ」と太平洋側の「オモテスギ」の系統に分かれるが、秋田杉は耐陰性の強い「ウラスギ」になる。因みに、北斎の「甲州三嶌越」の巨木が杉であるとすれば、これは太平洋を北上してきた「オモテスギ」ということになる。
3-2. 杉板の利用の歴史
軽くて割裂性のよい杉は、登呂遺跡にみられるような高床倉庫の建材や矢板にも加工にされた。このような3世紀以前の鋸(のこぎり)のない時代は、丸太に楔を打ってこれを割り、手斧(ちょうな)で削って板にした。古墳時代に鋸が登場すると生産性が格段に上がり、その後は身の回りの小さな生活用品から建築物、船舶、橋梁のような大きなものまで様々な物に杉材が利用されて普及した。室町時代に杉板と竹のタガで水密性を保った桶が発明され、さらに江戸時代に酒、醤油、味噌の仕込み桶として日本特有の大樽や大桶が出現すると、大量に醸造することが可能になった。これらを杉板のパネル構造船である樽廻船で上方から大消費地の江戸へ運ばれるようになる。他にも多様な下り物が流通し、他のアジア諸国には見られないような精密かつ大きな商品経済が日本に生まれた。杉(板)がその製造・輸送や中世から近世の経済に寄与した影響はたいへん大きいが、未だその杉板の利用がその時代のまま伝承されている物の一つが醤油の仕込み桶であろう。全国的に希少となってしまった杉桶であるが、今も現役で100年以上前の杉桶で醸造する蔵元もある。日本酒の場合、アルコールの影響なのか杉桶は30年くらいで使えなくなるらしい。そのあとは醤油や味噌の仕込み桶に転用されて100年以上使われてきた。日本酒の場合、杉の「木香(きが)」は好まれるが、醤油の場合は生木の芳香などが付くことなどは許されない。よって、このような杉桶のリサイクルは品質上合理的な方法であったのかもしれない。それでも長年使うには日頃のメンテナンスと愛着が必要らしい。写真は松山市の田中屋(株)の明治末期から大正初めから脈々と醤油が仕込まれている大桶である。